Statement

こうぶんこうぞう


神様のいたずらか、私は女性の心を持ちながら男性として生まれた……。
自分の身体に違和感を感じながら、どうすることもできずにいた、幼かった日々。
こどもを産めない性であるという事実を受け入れられずに、もがき苦しみ、
自分を追い込んだ時期もあった。

おとこのこ?

そんな私を救ってくれたのが、「絵」だった。

産むことはできなくとも、こどもを描くことで救われた思い……。
いつしか描くことが、「私が今ここに生きている」ということを確認できる、
唯一の行為となっていた。

もっとこどもを描きたい、こどものことを知りたいとの思いから保育の現場に身を置き、
こどもたちと体ごと、心ごとぶつかって過ごしていく中で、はっきりと見えてきたものがある。

never despair

それは、こどもが「今という時代を映す鏡」だということだ。

こどもは私たち大人が考えている以上に、様々に思考している。
そして私たち大人が考えている以上に、懸命でしたたかだ。

こどもは誰かに頼らなければ生きていくことができない。
だからこそ、ある意味では大人以上に計算深く、周囲と折り合いをつけようとする。
大人の顔色を伺いながら、自身の色を自由に変化させるこどもも増えている。

そうした中で生まれる、違和感、孤独、理不尽さ。そして純粋が故の残虐さ……。
こどもは私たち大人が考えている以上に、複雑な思いを抱え、今を生きている。

0の迷信

彼らは自らの思いを言葉にする術を持たないが、
その眼差しには今という時代のすべてが映し出されている。
彼らの表情や瞳を見つめることは、今という時代を見つめることだ。

私はこの事実に気づいて以来、こどもがその内側に抱える思いを、
作品として具現化する試みを続けてきた。

私はきっとこの命のある限り、こどもを描き続けていくだろう。
こどもを産めない性に生まれた、自分自身の人生と向き合っていくためにも……。

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